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コローヴィン、コンスタンチン・アレクセーヴィチ KOROVIN,Konstantin Alexeevich |
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| 1861年(モスクワ)−1939年(パリ) | ||||||
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ロシア芸術を代表する印象派画家。 モスクワ画壇の発展に大きな影響を及ぼした。 肖像画家、風景画家として活動し、風俗画、静物画を描くかたわら、モスクワ及びペテルブルグのさまざまな劇場で舞台美術家としても活躍。 1900年のパリ万国博覧会で、記念碑壁画が金メダルを受賞。 装飾工芸、建築の分野で活躍し、晩年には文筆家としても名声を博す。 8 歌手フョードル・シャリャーピンの肖像 Portrait or the Singer Fedor Chaliapin (l875-1938) 1911年 油彩・カンヴァス 65×81cm 1918年、E.M.テレシチェンコ(ペトログラード)のコレクションから入手 Zh-4332 コローヴィンが初めて印象主義の絵画を描いたのは、まだ絵画学校で学んでいた頃のことであった。 印象主義はコローヴィンの情熱的で、感受性の強い性格にも合っていたのか、彼は生涯、印象主義者で通した。 この作品は、1910年代にコローヴィンが制作した傑作の一つである。 この絵には画家の世界観と、色彩の世界に魅せられてしまった恍惚感が滲み出ている。 1896年、コローヴィンは二ージニイ・ノヴゴロドでの全ロシア博覧会で未来の大歌手シャリャーピンと出会っている。 この街でコローヴィンは自らが設計した展示館「極北」の装飾を行なっており、一方、シャリャーピンはマーモントフ・オペラ(モスクワ、私立ロシア・オペラ)に出演していた。 その後、20年にわたって、二人はそこでともに仕事をするようになり、1900年以降はボリショイ劇場(モスクワ)やマリインスキー劇場(ペテルブルグ)でも仕事をした。 シャリャーピンは、ポリス(ムソルグスキー『ポリス・ゴドゥノフ』)、メフィストフェレス(グノー『ファウスト』、ボイト『メフィストフェレス』)、イワン雷帝(リムスキー=コルサコフ『ブスコフの娘』)、オロフェルン(セローフ『ユーディス』)などのオペラの大役のほか、ロシア民謡やロマンスを十八番とした名バス歌手である。 フョードル・シャリャーピンの肖像は1911年夏、フランスの保養地ヴィシーで描かれた。 コローヴィンは、シャリャーピンの成功を間近に見てきた友人として長所も欠点も知り尽くしているだけに、その時代の人々を惹きつけた彼の気品、外貌に滲み出てくる天稟、率直さ、おおらかさを巧みに浮き彫りにしている。 熱情的で、歓喜に溢れた絵の全体的なトーンもシャリャーピンのこうした資質を際立たせる役割を果たしている。 明色の衣裳を着た均整のとれた姿態はあくまで優雅に描かれ、周囲の空間から浮き上がるかと思えば、その中にしっくりと融け込んでもいる。 鮮やかで、躍動的な筆致には、作家の感情の高揚が見られ、光の動きと生命が流れる感じがひしひしと伝わってくる。 そこに描かれているのは調和的な世界なのである。 心の豊かな素晴らしい人間には完令無欠の環境が似合う。 そこには刻々と変容する生命の魅力が溢れ、光と影、暖と寒、静と動との闘争と統合が展開される。 描出された状況の現実性は見かけだけのものでしかないが、それによって逆に人間の特徴が巧まずして浮き彫りになっている。 叙情性を追求したはずの絵画はモニュメントとしての意義を獲得している。 (V.F.K.) |
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| Cat.no.8 歌手フョードル・シャリャーピンの肖像 (1873-1938) 1911年 | ||||||