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フィローノフ、パーヴェル・ニコラーエヴィチ FILONOV, Pavel Nikolaevich |
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| 1883年(モスクワ) - 1941年(レニングラード) | ||||||
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画家、版画家、舞台美術家、詩人、挿絵画家、デザイナー。 34 宇宙の公式 Formula of the Cosmos 1918-19年(?) 油彩・カンヴァス 78×71cm 1977年、画家の妹E.N.グレーボワ(レニングラード)より寄贈 Zh-9594 56 コルホーズ員 Collective-Farm Worker 1931年 油彩・カンヴァス 69x53cm 1977年、画家の妹E.N.グレーボワ(レニングラード)より寄贈 Zh-9585 57 山羊 Goat 1920年代末-30年代初め 油彩・紙 80×62cm 1977年、画家の妹E.N.グレーボワ(レニングラード)より寄贈 Zh-9599 62 人々 People 1930年代初め 油彩・紙 98×フ1cm 1977年、画家の妹E.N.グレーホワ(レニングラード)より寄贈 Zh-9589 ロシア美術史上で、パーヴェル・フィローノフほど謎に満ちた人物はいないであろう。 2O世紀を代表する天才の一人で、強烈な個性を持つフィローノフは、その作品のなかに、容易には解析しがたいイメージの世界を構築した。フィローノフの芸術は、苦悩する魂の告白とも、また、壮大なスケ―ルで人類の全史を描いた絵画的叙事詩とも呼ぶことができよう。 フィローノフの才能の本質において重要なことは、外界に対する独自の関わり方にある。絵画のなかで現実を変容させる道筋が絶対化されているため、彼は絵画的シンボルとなる独自の言語を考案することを迫られた。しかも、フィローノフの作品におけるイデーの表現形式はきわめて流動的である。フイローノフは、現代のあらゆる造形表現技法を身につけていたにもかかわらず、当初から、自分が何らかの伝統や規範に縛られていると感じたことはなかった。 1916年、M.マチユーシンはフィローノフについてこのように記している−「彼ひとりが全員になり代わって、新しい道筋の糸をことごとく自らにたぐり寄せて呑み込み、そして、新しくなった体内で、あたかも渦巻に巻き込まれてしまったかのように、何もかももつれさせてしまったのである」 フィローノフの絵筆から生み出される形象は、本能と感情と理性に同時に訴えかけてくるが、その多義性とポリフォニックな構成は、彼が志向する目的に対応したものである。つまり、想念とその造形表現とを合致させることがその目的であり、そこでは想念は動きのなかで感知され、描出された形態には影響されない。彼が、見たことも聞いたこともないユニークな絵を描くことから、彼と同時代の批評家の一人は、フィローノフを「夢の設計家」と呼んだ。つまり、彼の芸術においては潜在意識が決定的な役割を果たしていることが確認されたのである。《宇宙の公式》(cat.no.34)は、フィローノフの最初の抽象的コンポジションの一つである。ただし、彼の作品に関していえば、「抽象絵画」なる定義はまったく仮のものにすぎない。 この絵は洗練された青とピンクの色調で描かれており、その色彩は、次から次と交錯するフォルムの境界線によって繊細きわまりない二ュアンスに「分解」され、それによって光が揺らめくような効果を生み出し、空間の奥行を感じさせる。さらに画面に、かすかに震えるかのようなテクスチュアを出すことによって、ダイナミックな感じを出している。絵のなかのフオルムは、現実の物体を暗示させるにとどまっている。むしろこれは、天地創造の連鎖が繰り返される宇宙のなかで明滅する物質の絵画的な同義語なのである。この点で、フィローノフには、地球を観察する夢に熱中したマレーヴィチに近いものがある。ただし、マレーヴィチは宇宙の側から、フィローノフは内側から地球を凝視する。そこに、フィローノフは世界を有機的に構成させる上で、宇宙の生成プロセスに類似するものを見いだすのである。 フィローノフの世界認識の独自性に関しては、彼のもう一つの作品《山羊》cat.no.57)からもうかがい知ることができる。ここで明らかなことは、フィローノフが自分を取り囲む外界をすべて相互の関連のなかで見ていることである。そこでは、フォルムは、それに生命があろうとなかろうと、互いに内的な類似性と関連性を持っており、相互に交流し合い、輪郭が新しくなるたびに破壊と生成を繰り返す。《山羊》はまた、フィローノフの次のような理論的考察に添える図解の役割を担っている−「いかなる事物にも、フォルムと色という二つの術語しかないわけではなく、それには、可視あるいは不可視の現象、その放射、反応、混入、発生、実在、ときとして無数の術語を持つ既知あるいは未知の特性を内包した全一的な世界があることを、私は知っており、これを分析し、見て、直観する。したがって、私は“ふたつの術語”"という現代のリアリズムの教義と、その左右両派のすべてのセクトを、非科学的で無意味なものとしてきっぱりと否定する」(N.フィローノフ「世界開花宣言」1923年) 1930年代初め、フィローノフのコンポジションには、実在のフォルムがしばしば用いられるようになる。彼の絵のなかの「顔」は、より地上的な性格を帯びるようになる。そうはいいながらも、制作の最終結果になんら変化はなく、これらの作品にはそれまでと同じような多義的なシンボルがあり、同じような神秘性への愛着がある。ただ、それまでとは異なる造形手法が用いられただけである。このような作品の例が《コルホーズ員》(cat.no.56)と《人々》(cat.no.62)である。後者には、現代世界における人間の孤独と無防備な様を描いたフィローノフの初期の作品と通じるものがある。《人々》に描かれる人物は、謎めいた行動に参加していく人々である。ここには、フィローノフ自身も後に目撃者となるスターリン時代の多くの人々の運命のドラマが予感されているかのようである。 (O.N.Sh.) |
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Cat.no.34 宇宙の公式 1918-19年(?) Cat.no.56 コルホーズ員 1931年 Cat.no.57 山羊 1920年代末−30年代初め Cat.no.62 人々1930年代初め |
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