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シャガール、マルク・ザハーロヴィチ CHAGALL, Mark Zakharovich |
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| 1887年(ヴィテブスク)―1985年(サン=ポール=ド=ヴァンス、フランス) | ||||||
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ロシア及びフランス画壇を代表する巨匠。 その絵画体系は世界の芸術活動の展開に影響を与えた。 象徴的で隠喩に富む絵画、壁画、ステンドグラス、モザイク、舞台美術、挿絵を制作。 16 ヴィテブスクの露店 Shop in Vitebsk 1914年 テンペラ・厚紙で裏打ちした紙 49×48.5cm 1926年、芸術文化館(レニングラード)より入手 ZhB‐1518 シャガールが自らの個性を確立したのはかなり早い時期で、ヴイテブスクでレフ・バクストに師事していた頃のことであった。 彼の作品では、現実と夢の中のイメージ、子供の頃の思い出、フォークロアの形象とが恣意的に(しばしば論理的な脈絡がないままに)絡み合い、きわめて特異で、複雑で、一義的な解釈を許さない「シャガールの世界」を形成している。 その土台となっているのが、形象的思考の連想性であり、隠喩性である。 晩年にいたるまでシャガールがしばしば絵のモチーフとしたのはパリとヴィテブスクの光景であった。 《ヴィテブスクの露店》はシャガールの作品としては珍しく習作画風の「モノ・ジャンル」の作品である。 これに類する肖像画、室内画、家族の生活場面といった現実を描いた作品には、1914‐17年という比較的短い期間の年記が付されている。 この時期は、シヤガールがパリから戻って、幸せな結婚生活を送り、娘が誕生した時期と重なっている。 「世界の芸術の都」では、絵画や文学における最新の潮流に関して飽くことなく知的論争が繰り広げられていた。 そこで創造的探求に満ちた充実した生活を送った後、シャガールは人間の生活のありふれた出来事の中にあらためてポエジーを見いだしたかのようだ。 彼の母が営んでいる田舎の小さな露店がまるで初めて見たかのように、感動的かつダイナミックに捉えられている。 この絵に特徴的な空間平面の歪み、デフォルメ、大胆な短縮法によって、まどろみに浸っているかのようなヴィテブスクの室内に大きな世界の不協和音の響きを伝えようとするかのようである。 圧縮された空間、整然と配置され、陳列された商品の簡素な状態、二度にわたって繰り返されている秤のモチーフなどによって描こうとしているのは、この露店の住人で、店主である人物の肖像と生活の実態なのである。 それは、彼のために収入が抑えられ、こせこせと打算を働かせざるを得なかった貧しい人間であり、破産やユダヤ人迫害を恐れる一方で、不幸に対しては哲学的に、堂々と対処することに馴れた人間の実相である。 プリミティヴィズムの手法によって描かれたこの絵は、忘れ去られた町の片隅に寄せる作家の強い叙情的な思いと、悲しげな優しさに彩られている。 シャガール自身は、この絵のモチーフがロシアにおけるユダヤ人の生活にとってはきわめて典型的なものと見ていたようで、L.A.ウォルトの『歌と詩』(1931年)の挿絵にもヴィテブスクの露店の情景を登場させている。 (V.F.K.) 17 父 The Artist's Father 1914年 テンペラ・厚紙で裏打ちした紙 49.4×36.8cm 1926年、芸術文化館(レニングラード)より入手 ZhB‐1898 この作品には第一次世界大戦が勃発した1914年の年号が記されている。 この時、フランスやドイツに住んでいた他の口シア人画家と同じく、シャガールも急いで祖国に戻った。 その頃には、シヤガールはパリの新しい傾向の画家たちにも認められ、詩人のアポリネールやサンドラールの庇護を受け、ベルリンの画廊「シュトゥルム」で個展を開く(1914年)ほどになっていた。 人間の命がいかに脆いものかという実感、そして、勃発した戦争がもたらすであろう社会の破局の予感によってシャガールの叙情的な感性はさらに研ぎ澄まされていった。 その頃、シャガールは度々、妹マリヤスカ、弟ダヴィド、両親など、自分の家族の肖像を描いている。 この絵は、事実上、父とシャガールの祖母の二人の肖像である。 群青色と病的な感じさえする黄緑色とを鮮やかに対比させることによって、夜空をバックに熟年を迎えた二人の姿態がくっきりと浮き上がっている。 格子縞のショールを羽織った老婆は身振り手振りを交えながら、面白くもない繰り言を言っているのだろう。 丸帽をかぶり、疲れきった表情の髭面の男がほんの少し顔をそむけ、悲しげに物思いにふけりながら話を聞いている。 食糧倉庫の老荷役人夫である。 彼の表情を歪めさせているのは、恐らく、絶望感ゆえのけいれんによるものであろう。 絵は表現主義的なプリミティヴィズムの手法で描かれている。 慣習的な彩色とグロテスクなデフォルメによって形象は「異化」され、叙情的でドラマティックな響きが強められている。 人物と周囲の特徴が、おおまかではあるけれども、きわめて雄弁に描かれている。 窓の右側に壁に掛かった絵の角が見えている。 そして、地味だけれども、可愛い柄の入った安物のテーブルクロス、テーブルの上には砂糖の塊がまるで「数えた」かのように4個並べてある。 このことだけでも実に多くのことを語ってくれる。 めっきり年老いてしまい、それほど幸福ではなかった愛すべき人々への画家の思い、そして、この家に住む人々のほんの少しはましな暮しぶり、不安定な世界情勢がうかがえる。 けれども、それから守つてくれるものは窓辺に掛かった薄いカーテンしかないのだ。 (V.F.K.) |
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Cat.no.16 ヴィテブスクの露店 1914年 Cat.no.17 父 1914年 |
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